駅前でもない繁華街でもない。

都市のエッジの空き家をホテルにリノベしているワケ。

2002年、大学の建築学科を卒業し京都で建築士としてのキャリアをスタートした。一通りの仕事を覚えると独立して小さな設計事務所を構えた。就職氷河期のころから数年がたち少し景気もマシになってきたところでリーマンショックがあり、駆け出しの建築士が一人食べていけるだけの仕事もなかった。

 

30歳目前の2010年。そうした日々に鬱々としていた私は、状況を打開しようと小さな求人広告でみつけた上海の設計事務所に飛び込んだ。当時の中国は近代的な建物がどんどん建設されていて、日本では必要とされなかった建築士が猛烈に求められていた。

 

上海での生活は忙しかったがこれまでに感じたことがないぐらいに充実もしていた。給与は毎年増え、仲間も増え、友人も増え、そして中国という国が発展していくエネルギーに熱狂した。

△上海では創意園と呼ばれる工場を改修したオフィスと大規模商業施設の設計を専門としていた。これらの開発手法は現在の活動の根幹になっている。

上海からの帰国。福岡へ移住。

博多駅近くの自宅兼事務所をAirbnbに登録


 

2014年頃から設計業務を補完する新規事業の一つとして※Airbnb(エアービーエヌビー)に注目していた。

Airbnbは、空き部屋を貸したい人(ホスト)と部屋を借りたい旅人(ゲスト)とをつなぐWebサービスで、日本を含む世界190ヶ国33,000以上の都市で利用されている。

 

まず、上海も含めていい出店候補地はないかと東アジアの都市をいくつかリサーチをはじめた。上海、香港、台北、ホーチミン、バンコク、東京。その中でもっとも具合が良さそうだったのが福岡だった。当時、日本の宿泊施設は不足しておりインバウンドの盛り上がりが極端な需給ギャップを産み出していた。中でも福岡は不動産の賃料が東京、大阪に比較して極端に安かった。また上海との距離も近く空港までのアクセスもよかった。

上海での業務に区切りがつき2016年に福岡に移住することに決めた。

人的なツテもないゼロからのスタートだ。

とりあえず、元手の要らない設計業務のかたわら仕事場兼自宅で借りた博多駅裏の2LDKのアパートの一室をAirbnbに登録した。同時に近所にもう一部屋、Airbnb専用にワンルームのマンションも借りた。

 

登録するやいなや、すぐに予約が入り世界中のゲストが部屋に泊まりに来た。自分の部屋の空き部屋がインターネットを使って世界中の旅行者に提供できる仕組みに改めて関心したのをよく覚えている。

 

当初は設計業の足し程度で考えていた宿泊業が、本業の売上を超えるのにたいして時間はかからなかった。

△福岡で事務所兼自宅として借りた2LDKの部屋。たくさんの海外からの旅行者が泊まりに来た。
△企画からデザイン、設計監理までを手がけた福岡市にあるゲストハウス「Sen&co Hostel」。宿泊業の経験が設計業にいかされた。

日本の地方都市は可能性に満ちている。

そんな中見つけた1軒の空き家


次の展開を模索していた2017年の年末。九州中の都市を候補地としてリサーチし、いくつかの物件をピックアップしていた。

 

そんな中、とうとう長崎で条件に合いそうな一つの物件をみつけた。

 

そこは車も入れない。最寄りの駅から80mの高低差がある山の中腹にある築70年を超えた木造家屋だ。空き家になって長く、全体的にくたびれてはいたがどこか惹かれるものがあった。階段状の坂道が続くものの最寄りの駅までは徒歩で10分。繁華街にも15分で行ける。

それに眺望が最高だ。何より物件価格が安かったのが手元資金に余裕のない私には助かった。

△山の斜面にへばりつくように広がる長崎の斜面地住宅群。

アクセスは悪い。でもこの場所には駅前や繁華街にはないリアルな長崎の暮らしがそこにあると思った。その後、半年ほどかけて自力で改修し、2018年の秋には宿泊施設としてオープンした。

 

これが日本文化に興味のある欧米人に刺さった。

翌2019年には規模の拡大を目指して条件に合いそうな物件を探した。そんな中、東小島町にある木造長屋の地主さんとの出会いで2軒目を開く事ができ、この場所での開発に腰を据えて展開することを決めた。そしてこれら一連の活動を「長崎坂宿」と名付けたのが2019年の年末だった。

△長崎で空き家を見つけて購入。自力で半年ほどかけてリノベーションをする。
△1軒目の長崎坂宿ハナレ。浴室は全面的に改修し、残せるところは積極的に残した。
△2軒目の長崎坂宿ゲスト。築70年を超える木造長屋は度重なる改修で原型はとどめていなかった。これ以降、この地域での継続的な開発を決意する。

問題山積の長崎の斜面地。そこは空き家天国だった。

都市のエッジに新しい街を作ろう!


長崎は古くからの港町で、三方を山に囲まれ平地は極端に狭い。江戸の終わりころには人口も増え山を削って畑にしていたようだ。戦後は人口増加と経済成長にあわせて人は平野部から溢れ、山の中の段々畑を潰して住宅を建てていった。

 

あぜ道をそのままに家を建てたため、極端に幅の狭い階段状の道が形成された。車が進入できないので、資材の搬入は困難。その為住宅の建て替えは進まず、住民の高齢化も進む。地形的な制約によるアクセスの悪さ、住民の高齢化、建物の老朽化による空き家の増加は長崎市の抱える大きな社会問題となっている。

△長崎坂宿を展開する木造長屋群と長崎坂宿の客室からの景色。長崎らしい町並みを一望できる。

しかし、視点を変えたら開発から取り残された故のレトロな町並みや眺望に優れた風景は魅力的ではないだろうか。

なんてことはない民家を美しく改修して、その場所らしいリアルな暮らしを体験できる場所を作れば、これまでに出会った海外の彼らなら面白がって利用してくれるんじゃないか?

 

周りには似たような空き家が沢山ある。上手くいくなら、客室を増やしていこう。

利用者が増えれば飲食店や物販店を開くことができる。

 

空き家が崩れて空き地になっている場所は農園にしてもいい。そこでとれた野菜を収穫して宿泊客に食べてもらったり、加工して販売したりもできるだろう。

もとは畑だった土地だ。不可能じゃない。

 

​斜面地は斜面地ゆえに日用品を購入できるようなお店もない。車も入ってこれないので移動販売もままならない。斜面地に住むひとはみんな買い物難民だ。自動販売機さえない。

客室が増えれば、今よりもっとスタッフも必要になる。住み込みのスタッフのために家を用意しなければならない。スタッフが増えれば、食事や日用品を買う場所だって必要になる。

アクセスの悪さだってテクノロジーの進歩によって劇的に解決するかもしれない。例えば、ドローンタクシーが普及したら今の斜面地住宅の抱える問題は一気に解決する。

 

 

ある程度インフラの整った地方都市の、繁華街に近い割には斜面地故に空き家が増え過疎化しつつあるこの場所(=都市のエッジ)は可能性に満ちている。この場所に外から人が集まって活気が出ればおもしろいと思いませんか?

これが、この場所で空き家をホテルにリノベしている理由だ。

△長崎市東小島町にある木造長屋群を順繰りに改修していく計画が長崎坂宿の全貌だ!
小笠原太一
​一級建築士
2011年に中国に渡り上海万谷建築設計有限公司にて10万平米を超える大型商業施設及び「創意園」と呼ばれるクリエイティブオフィスの設計・開発に携わる。
2016年に帰国後、福岡に移住。インバウンド、シェアリングをキーワードとした建築の企画と設計をする小笠原企画https://www.opd-kikaku.net/を設立。2018年から自社運営の「長崎坂宿」プロジェクトを開始。

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